私のやってきた仕事その1「新聞奨学生」の実体験を教えます!

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私は、色々な仕事をしてきました。なぜか今日は真夜中に目が覚めてしまったので、その中でも、一、二を争うほどキツかったお仕事「新聞奨学生」の仕事内容をご紹介します。

18歳で始めた新聞奨学生

8歳の10月に父親、17歳の8月に母親を亡くし、家族は祖母と兄弟だけになってしまった当時の私。母親は、ずっと末期のガンだと知っていましたし、いつかはその時が訪れるだろうと覚悟はしていたので、自然と将来の事を考えていました。自分なりに、新聞やテレビや母親、祖母、親戚などと相談し、決めた道が「新聞配達をしながら大学に通うこと」。つまり、新聞奨学生ですね。どの新聞かは迷うことなく、読売新聞と決めました。理由は、幼い頃から購読していたからです。大学卒業後のことも考えていて、当時は新聞記者になりたい、と考えていた気がします。ちなみに、高校は1年で中退していて、大学入学資格検定(今で言う高等学校卒業程度認定試験の事)を18歳の8月に合格していました。残念ながら、大検で力尽きたのか、大学受験には失敗し、予備校に行くことにしました。

今でも忘れられない初仕事の日

そして、大検受験の翌年4月、予備校に通うと共に新聞配達を始めました。今の自分からすれば、当然なのですが、社会の厳しさを身をもって痛感しました。高校中退後はほとんど家の外にも出ず、勉強したり、テレビや映画を見て過ごす生活だったので、全くと言っていいほど体力がありませんでした。今でも、人生初の新聞配達の初日の事は、ハッキリと思い出せます。早朝3時に新聞が販売店に到着するのですが、もちろん、そんな時間に起きた経験はありません。目覚ましはかけていたのですが、自分で止めてしまったのか、当時住んでいた寮の扉を激しく叩く音で目が覚めました。所長が起こしに来てくれたのです。初日から「1時間の遅刻」でした。まだ、配達の仕方はおろか、読者の家ももちろん覚えてなかったので、先輩について行く形だったのですが、初日から大失態をしでかしてしまいました。

新聞奨学生のある日の1日

3:00〜6:00…朝刊の配達
6:00〜9:00…朝食、仮眠、学校へ行く準備、通学
9:00〜14:00…予備校
15:00〜17:30…夕刊の配達
17:30〜19:00…翌日の折り込みチラシ作成
19:00〜22:00…晩ご飯、風呂
22:00…就寝

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朝刊が3時に店に来るといっても、その時間に起きていたら間に合いません。なので、2:30に起床するのですが、前日に飲み会などあった日には、0:00就寝で2時間半しか眠れない時も。毎日平均して睡眠時間は3〜4時間程度しかありませんでした。正直、体力のなかった自分には相当キツく、一学期も終わらないうちから学校に行かなく(正確には眠すぎて行けなく)なりました。私はロングスリーパーなので、今でも7〜8時間は睡眠をとります。そもそも、そんな自分が出来るような仕事ではなかったわけです。そんな中でも、専門学校や大学を卒業した諸先輩方には、尊敬の念しかありません。

新聞奨学生で特にキツかったこと

まずは、早起き。睡眠時間4時間程度だったので、毎日眠くて眠くてしょうがなかったです。まぁ、すぐに学校に行かなくなったので、昼間は寝ていたのですが。次は、雨の日の配達。カッパ(レインコート)を着て配達するのですが、夏はまだ良いのですが、冬の日の雨の冷たいこと!凍え死ぬ思いをしたことを昨日の事のように思い出します。特に雪が降った日にバイクがスリップしそうになった時は本当に怖かったですねー。

新聞奨学生で学べたこと

とにかく、根性と体力はついた、と思います。「新聞配達をやったのだから何でもできる」という根拠のない自信もつきました(笑)。そして、人生初の仕事だったので、周りとのコミュニケーションとか、仕事の段取り、とにかく仕事の基本を身につけられた、と思います。後に異動になった店舗では、奨学生の教育にも熱心だったので、社会人としての心構えも教えていただきました。

あとがき

新聞配達をやめて十数年たった今でも、悪夢にうなされるほどキツかったお仕事。新聞配達そのものだけでなく、学校との両立が死ぬほど難しい、と思います。私は途中で挫折してしまいましたが。ネットが普及している昨今、だいぶ新聞をとる人も減っているとは思いますが、調べてみるとまだまだ新聞配達の求人はあるようです。ご高齢の方はまだ新聞を読まれているのでしょうね。今回は、私の経験した仕事「新聞奨学生」のご紹介でした。

Posted from するぷろ for iOS.

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